雪の中では燃え尽きる
※ ゾーニャとウィリアムの話。 無理矢理薬を飲ませています。
冬になると逃げ出したくなると言うのは、どう言う心理が働いているのだろう。もっと言うと、過去の出来事や後ろ暗い考えや鬱々とした精神状態が続き、何もかも投げ捨てて布団に潜り込むかのようにやわらかな新雪の中に身を投じたくなる。または、吹雪の中に入っていって、寒さとどこまでも見えない先行きの中、前後不覚になりゆっくりと動けなくなってしまいたいとも思う。この事を言うと、知り合いから「何かから逃げたいのかい?」と言われて以来、私はこれを逃避と読んでいる。
つまり、冬になると自分という人間から逃げ出して、何もかも無くしてしまいたいという思いに駆られるのだ。特に今日みたいな曇りか雨か雪が降るのかわからない、じんわりと底冷えするような天気の悪い日には。
そもそも私はそこまで生きたいとは思っていない。両親はいないし帰るところだってないし、叔父に迷惑をかけているし、何よりあいつが近くにいる。殺したくなるくらい憎たらしくて、殺しさえすれば私は死んでもいいとさえ思えるあいつが。
そんなことを考えているとあいつは黙って私に薬を渡してくる。普段は飲ませないよう厳重に金庫の中で保管して、買い物すら制限してくるくせに。何様だと言えば「薬学部の学生で、君のボディーガードだ」とのたまう。そんなことを聞きたいんじゃない。
「私の存在を否定しておいて、私が死にたいといったら死ぬなっていうの? 意味わかんない」
そういうとあいつはいつも数秒だけ黙る。そして「そうだよ」と言う。私を否定するけど死んで欲しくない。むしろ生きて欲しいって。生きて欲しいなら二度と顔を見せないでよ。あんたが嫌いなの。叩こうとしたら避けられた挙句簡単に腕を掴まれてしまった。あいつはなおも静かに私を見ている。
「わかっているよ。でも、君は僕が目の前からいなくなったら死んでしまう事を知っている。僕がいない数年間、君は何をしていた? 食事も睡眠も、なんならお風呂すら何もかもをやめてまともな生活を送らなかったそうじゃないか。君に再会した時、君はベッドの上で点滴と流動食だけでどうにか生命を維持していたじゃないか」
だから君は燃えているくらいが丁度いい。そう言うと指で押し込むように薬を飲ませてくる。指を噛みちぎろうとすると顎を固定され奥歯の隙間に指を差し込まれ、無理やりこじ開けられた。抵抗しようともがくも相手の方が強く、足と脇で押さえ込まれる。どうして私の腕は細いのだろう。そう思うもあまり食事をとっていないからだとわかっているので悔しかった。今日の夕飯は玉ねぎのスープしか口にしていない。
口の中に薬特有の苦味が広がってくる。「ほらお水をのんで」とどこかに置いていたのかコップが目の前に現れて無理矢理開けられた口にそのまま水を流し込まれた。思わず喉が動いたと同時にいくらか水が肺に流れ苦しくて咳を何度もした。薬は飲み込んでしまった。
「ごめんね」あいつの声が聞こえた。酷いやつだと私は叫んだ。人殺し。最低。嘘つき。ありとあらゆる暴言を吐いた。あいつはうん。そうだね。ごめんね。でも君はそういう人だから。といって、はがいじめにして離さなかった。
もう一時間もすれば薬の効果が現れる。まるで昔見た映画に出てくる泥の中に沈んで死んでしまう馬のように身体を何かが絡めてくる。それはとても重くて、胸や喉に入り込んでくる。鼻すらも詰まってくる不快感。こんな場所に沈むくらいなら雪の中で眠らせてちょうだいよ。そう思うのにあいつはそれをゆるさない。
思考がだんだん沈んでいく。何も考えられなくなってくる。死にたいとか、生きたいとか、そんなものがどうでもよくなって、ただただ身体が重いとだけ感じるようになってきた。背中はあたたかかった。あいつの体温だっていうのだけはわかった。でも、そこから先は考えられない。不快なのか心地いいと感じているのかすら分からずただの体温だで思考が止まる。
何もかも投げ出す時ってこんな感じになるんだろうか。それだけ考えて、私はとうとう瞼を閉じた。